【子どものためって何だろう】手作りが良いとは限らない?!気付かずに気を遣わせていた

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はい、今日もここ九州の片隅から無駄なパケットを垂れ流しますよ。私は今小学生と保育園児を育てるワーママです。夏休み真っ最中だよ!

毎朝せっせとお弁当作り 〜ある日の出来事〜

ryori

小学生の子どもは、学校がある間も夏休みも学童保育に行っています。夏休みの期間中、学童保育には朝から夕方までいるので、お弁当が必要です。

「コンビニのおにぎりが良い」と言う

毎朝早起きして、学童保育に行く子どものお弁当を作っている私。

キャラ弁が食べたいと言えば不細工なキャラ弁を作り、卵焼きを甘くしろ、と言えば砂糖の量を増やし、せっせと子どもの「ため」に頑張っています。

でもある日、遠慮がちにうちの子どもが言いました。

子ども:「お弁当、好きなものが食べたい」

私:「ん?おかず?何食べたいの?」

子ども:「・・・鮭おにぎりとか・・・」

うちの子ども、遠慮がちに「コンビニのおにぎりをお弁当として食べたい」と言いました。

私に気を使いながら「コンビニの・・・」

毎日一番に起きて、せっせとお弁当を作ってたわたくしであります。しかも不細工キャラ弁まで、、、。

その姿を見てうちの子どもは、子どもなりに「あぁ、ママがお弁当を作ってくれてる。これは頑張って食べねば!」と思ったのではないかと思います。

そんな中、本当は「ママのお弁当より、大好きなコンビニの鮭おにぎりを食べたいなぁ。でも、ママは毎朝お弁当作ってくれてるし・・。言えないなぁ。コンビニの鮭おにぎりが食べたいなんて・・・。」と思っていたと思います。

子どもながらに、ママに気を使っていたのです。ママを傷つけないように、でも食べたいものは言いたい。とひねり出た言葉が「・・・鮭おにぎりとか・・・」だったのです。子どもなりに勇気を出して言ったと思います。

私が一人で「子どものため」と頑張っていた

お弁当の話になるといいな♪

ママの私としては、子どもにキャラ弁で喜んで貰いたい、子どもに手作りお弁当を食べて貰いたい、と良かれと思ってやっていた事です。お弁当を作りながら私は勝手に思っていました。

「手作りのキャラ弁を友達同士で自慢しあってほしいなぁ。」

「先生や友達に『今日もお弁当美味しそうだね』と言われるといいな。」

お弁当を囲んで、話に花が咲くといいな、と願いを込めながら一生懸命毎日作っていました。しかしそれは全くの幻想。私の勝手な思いや願いは、コンビニの鮭おにぎりに負けてしまいました・・・・。

ママの思いと願いたっぷりの愛情手作り弁当が、コンビニの鮭おにぎりに負けてしまいました。ショック、ショックですよ。傷つきました。しかし同時にはっとさせられました。

手作りお弁当をせっせと作る事は、子どものためじゃないんだ。一人よがりの「子どものため」が、子どもに無言のプレッシャーを与えていたのね・・・。

子どものためだと思ってやっていたことが、違っていた。子どもは私の思いを受け止めつつ、違うものを欲してました。「子どものため」って何だろう、と改めて考えさせられます。

「子どものため」って何だろう?

うちの子どもは、毎日お弁当作りを頑張っている私を気遣いながら、恐る恐る「コンビニの鮭おにぎりが食べたい」、と言いました。

私が「子どものため」と思って頑張ってやっていたお弁当は、子どもにとって嬉しい!ママ最高!美味しい!ってものじゃなかった。(注※確かにまずいよ、私のお弁当はさ!)

それでもドラマのワンシーンみたいに「ママの手作り弁当が一番美味しい!」(ニコッ)なんてことを期待していました。でもそんな事はなく、「コンビニの鮭おにぎり食べたい」でした。

子どものためって何だろう。

子どもが喜ぶだろうと思ってやってた事は、全くの的外れで、私が勝手に「子どものため」だと思い込んでいたことをやっていただけ。「ママが、お弁当作るよ。通園・通学バッグも手作りだよ!!愛情込めて作ったよ!」ってもしかしたら、ママの勝手な「子どものため」なのかもしれない。

子どものためって、ママが時間と労力をたくさん使う事じゃない。今回の事で気が付きました。ママのしてくれた事を受け止めないといけないと、子どもに無言のプレッシャーを与えていたのも申し訳ない。のびのびと自分の思いを言える雰囲気を作って、その思いを大事にしてあげる事が、子どものためと感じました。

このことがあってから、毎日聞いています。「今日はどうする?コンビニおにぎりにする?お弁当にする?どれでもいいよ?自分の好きな物を食べようよ。」

おかげで週に1~2回はコンビニの鮭おにぎりがお弁当です。朝も楽になって、子どもも好きなものを食べる事が出来る。幸せが増えました。そしてやっぱり私のお弁当はまずい!子どもの味覚も正常だと安心、安心。わかったことがたくさんあって、嬉しい出来事でした。